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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)754号 判決

原告 戸川均 外一名

被告 中山幸二 外一名

主文

被告中山幸二は原告戸川均に対し金五十六万二千三百四十円及びこれに対する昭和三十一年五月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を、原告伊藤利夫に対し金十万円及びこれに対する昭和三十年二月二十五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を各支払うべし、

原告等の被告中山徹に対する請求は棄却する。

訴訟費用はこれを十分しその三を原告戸川均の、その一を原告伊藤利夫の、その余を被告中山幸二の各負担とする。

この判決は原告戸川均において金十五万円の、原告伊藤利夫において金三万円の各担保を供するときは各自の勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事実

原告伊藤利夫は「被告等は原告伊藤利夫に対し各自金十万円及びこれに対する昭和三十年二月二十五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決竝びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、被告中山幸二は中山可鍜株式会社と共同して別表(甲)、(1) 摘示の記載を有する約束手形一通を、被告中山徹は同表(2) 摘示の記載を有する約束手形一通をいづれも原告伊藤利夫に宛て各振出し右原告はその所持人となつた。もつとも被告中山徹の右振出行為は同被告の親権者父たる被告中山幸二が法定代理人として本人のため記名捺印の方法を以てなしたものである。しかして被告中山幸二は右(1) の手形金の内金五万円の支払をなした。よつて被告中山幸二に対し右手形金の支払残金十万円に、被告中山徹に対し右(2) の手形金十万円にそれぞれ本件訴状送達の日の翌日たる昭和三十年二月二十五日から完済に至るまで年六分の割合による法定利息を付して各支払を求めるものである。なお右(2) の手形は右(1) の手形金の内金支払のために振出されたものであると述べた。

原告戸川均訴訟代理人は「被告等は原告戸川均に対し各自金五十六万二千三百四十円及びこれに対する昭和三十一年五月五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。被告中山徹は原告戸川均に対し右金員の外金十万円及びこれに対する昭和三十年二月二十五日から完済に至るまで年六分の割合による金員を支払うべし。訴訟費用は被告等の負担とする」との判決竝びに仮執行の宣言を求めその請求の原因として、被告等は共同して原告戸川均に宛て別表(甲)、(3) 乃至(13)摘示の記載を有する約束手形計十一通を振出し右原告はその所持人となつた。次に被告中山徹は原告に対し別表(乙)(1) 、(2) 摘示の記載を有する小切手計二通を振出し原告はその所持人として各振出日の翌日支払のため小切手を呈示し支払を拒絶され右各小切手に呈示の日を表示し且つ日附を付した支払人の宣言を得た。もつとも被告中山徹の右手形及び小切手の各振出行為はいづれも同被告の親権者父たる被告中山幸二が法定代理人として本人のため記名捺印の方法を以てなしたものである。よつて被告等に対し右手形金合計五十六万二千三百四十円及びこれに対する本件請求拡張申立書送達の日の翌日たる昭和三十一年五月五日から完済に至るまで年六分の割合による法定利息の支払を求めるとともに被告中山徹に対し右小切手金合計十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たる昭和三十年二月二十五日から完済に至るまで右同割合による法定利息の支払を求めるものであると述べた。

被告等訴訟代理人は「原告等の請求を棄却する。訴訟費用は原告等の負担とする」との判決を求め答弁として、原告等主張事実中被告中山幸二が原告伊藤利夫に宛て別表(甲)、(1) 摘示の記載を有する約束手形一通を、原告戸川均に宛て同表(3) 乃至(13)摘示の記載を有する約束手形計十一通を各振出し原告等がそれぞれ手形所持人となつたこと、被告中山幸二が右(1) の手形金の内金五万円の支払をなしたこと、原告戸川均が別表(乙)、(1) 、(2) 摘示の記載を有する小切手計二通の所持人として各振出日の翌日支払のため小切手を呈示し支払を拒絶され右各小切手に右原告主張のような支払人の宣言を得たこと、被告中山幸二が被告中山徹の親権者父であることは認めるが被告中山幸二が被告中山徹の法定代理人として本人のため前記(甲)、(3) 乃至(13)の手形を被告中山幸二との共同名義で又別表(甲)、(2) 摘示の記載を有する約束手形一通及び別表(乙)、(1) 、(2) 摘示の記載を有する小切手計二通を単独名義でいづれも記名捺印の方法により振出したことは争う。仮に手形、小切手上に被告中山徹の振出名義が存したとしてもそれは被告中山幸二が銀行との当座取引の便宜上被告中山徹の氏名を使用したものであつて同被告の財産処理上その代理人として記名捺印したものではないと述べ抗弁として、本件手形、小切手は次の趣旨竝びに特約のもとに振出されたものである。すなわち中山可鍜株式会社は昭和二十九年六月中支払不能となつたので同年七月二日東京地方裁判所に和議法による和議の申立をなし(同庁昭和二十九年(コ)第一一号事件)その結果和議債権につき昭和三十年から昭和三十九年に至るまで毎年十二月末日を返済期とする十箇年年賦なる条件を以て和議が成立した。しかるに原告戸川均はその知人で右会社の代表者の一員たる佐藤虎之丞を介し同じく右会社代表者の一員たる被告中山幸二に対し届出済の和議債権金六十六万二千三百四十円につき個人保証をなすべき旨を申出たので同被告は右和議債権が和議の条件に従つて支払われることを保証する趣旨で将来個人としての支払能力が生じたときに支払うべき旨のいわゆる出世払の特約のもとに本件(甲)、(3) 乃至(13)手形及び(乙)、(1) 、(2) の小切手を振出したものである。しかして又原告伊藤利夫は右会社に対し右和議申立に関する報酬金十五万円の債権を取得したので被告中山幸二はその支払を保証する趣旨で本件(甲)、(1) 、(2) の手形を振出したものである。従つて被告中山幸二に支払能力がない現在原告戸川均から本件手形、小切手金の支払を求められる筋合はない。仮に出世払の特約が成立しなかつたとしても主たる債務についてはいまだ第一回の割賦弁済期が到来したにすぎないから右手形、小切手金の各十分の一を超える請求は失当である。しかして又右会社の原告伊藤利夫に対する前記債務につき右会社に資力がなく強制執行しても債権の満足が得られないことの証明がない限り右原告の本件手形金請求には応じ難いと述べた。

原告戸川均訴訟代理人及び原告伊藤利夫は被告等の抗弁に対し、中山可鍜株式会社が東京地方裁判所に和議法による和議の申立をなしたことは認めるが右申立の理由は債務超過であり申立の日時は昭和二十九年三月十五日である。本件手形、小切手が被告等主張の趣旨で振出されたものであり被告等主張の出世払の特約が付帯したものであることは否認する。原告戸川均は中山可鍜株式会社に対し電研工業株式会社振出、中山可鍜株式会社裏書の約束手形計二通の割引の方法により金八十三万九千五百円を融資したところ満期の日、支払場所において支払のため右各手形を呈示し支払拒絶を受けたので中山可鍜株式会社に対し右各手形の償還請求権を取得したがその後清算の結果右償還請求権は金五十六万二千三百四十円を残しその余は消滅した。しかして原告戸川均は一方前記和議開始に際し右償還請求権の精算残金を和議債権として届出るとともに他方電研工業株式会社に対し右各手形の振出人たる責任を追求したところ右各手形は右会社と中山可鍜株式会社との実質関係上中山可鍜株式会社が終局の責任を負担すべき性質のものであつたため電研工業株式会社は中山可鍜株式会社に対し原告戸川均の電研工業株式会社に対する右手形金取立を中止させる措置を講じない限り和議債権者として和議の条件を承服しない旨を強硬に申入れたので中山可鍜株式会社の代表者の一員たる被告中山幸二は和議の成立を図るためその子たる被告中山徹とともに電研工業株式会社の原告戸川均に対する右手形債務を引受けたうえこれにつき月賦払の利益を得その支払のために本件(甲)、(3) 乃至(13)の手形及び(乙)、(1) 、(2) の小切手を振出したものであると答えた。

証拠関係としては原告戸川均訴訟代理人及び原告伊藤利夫は甲第一乃至第十六号証を提出し証人佐藤虎之丞の証言竝びに原告戸川均本人尋問の結果を援用し被告等訴訟代理人は証人吉川昇の証言竝びに被告中山幸二本人尋問の結果を援用し被告中山幸二としては甲第三乃至第五号証、同第七乃至第十六号証の成立を認めその余の甲号各証の成立は否認する、被告中山徹としては甲第十五、十六号証の成立を認め甲第一乃至第六号証の成立を否認する、その余の甲号各証は不知と答えた。

理由

被告中山幸二が原告伊藤利夫に宛て別表(甲)、(1) 摘示の記載を有する約束手形一通を、原告戸川均に宛て同表(3) 乃至(13)摘示の記載を有する約束手形一通を各振出し原告等がそれぞれ手形所持人となつたこと、右被告が右(1) の手形金の内金五万円の支払をなしたことは当事者間に争がない。

次に原告伊藤利夫は被告中山徹の親権者父たる被告中山幸二は被告中山徹の法定代理人として本人のため記名捺印の方法により別表(甲)、(2) 摘示の記載を有する約束手形一通を振出した旨を主張し原告戸川均は右のような身分関係にある被告中山幸二は被告中山徹の法定代理人として本人のため記名捺印の方法により別表(甲)、(3) 乃至(13)摘示の記載を有する約束手形計十一通を被告中山幸二との共同名義で又別表(乙)、(1) 、(2) 摘示の記載を有する小切手計二通を単独名義で各振出した旨を主張するので考えてみると被告中山幸二が被告中山徹の親権者父であることは当事者間に争がなく弁論の全趣旨により本件(甲)、(2) 乃至(13)の約束手形、(乙)、(1) 、(2) の小切手であることが認められる甲第十六号証、同第三乃至第十三号証、同第一、二号証にはいづれも振出人として被告中山徹の氏名が記載されその名下に捺印が存するところ右氏名の記載竝びに捺印が被告中山幸二においてなしたものであることは弁論の全趣旨により明らかである。しかして右手形行為の外形から判断すると一応実質的には被告中山幸二が被告中山徹を代理してなしたもののように解される。しかしながら証人佐藤虎之丞の証言竝び被告中山幸二本人尋問の結果によれば被告中山幸二は中山可鍛株式会社の代表取締役であつたが右会社につき後記認定の和議が開始された後自己の金銭の出納につき便宜上被告中山徹の氏名を使用して銀行取引をなしていたことが認められ右認定の事実に後記認定のような本件手形、小切手振出の経緯を考え併せると被告中山幸二は右銀行取引の名義を考慮し支払の便宜上本件(甲)、(2) の手形、(乙)、(1) 、(2) の小切手につきその名義を単記して使用し又本件(甲)、(3) 乃至(13)の手形につき特に右名義を自己の名義と連記して使用したものであつて被告中山徹の財産行為を代理してなしたものではないこと、すなわち右被告の振出名義を用いたことについては代理の意思がなかつたものであることを推認するに難くない。従つて被告中山徹は本件手形、小切手につき振出人たる責任を負うべきいわれがない。

そこで進んで被告中山幸二の前掲抗弁につき判断する。被告中山幸二が中山可鍛株式会社の代表取諦役であつたことは前記認定のとおりであり右会社が昭和二十九年中東京地方裁判所に和議法による和議の申立をなした(同庁昭和二十九年(コ)第一一号)こと、原告戸川均が右会社に対し債権を有し右和議開始に際し和議債権として届出たことは当事者間に争がなく右和議が被告中山幸二主張の前掲条件を以て成立したことは原告等において明らかに争わないからこれを自白したものと看做す。ところで被告中山幸二は原告戸川均の右和議債権の額は金六十六万二千三百四十円であつたが同原告は被告中山幸二に対し右和議債権につき個人保証をなすべき旨を申出たので同被告は和議の条件に従つた支払を保証する趣旨で将来個人としての支払能力が生じたときに支払うべき旨のいわゆる出世払の特約のもとに本件(甲)、(3) 乃至(13)の手形(及び被告中山徹名義の本件(乙)、(1) 、(2) の小切手)を振出したものである旨を主張し証人吉川昇の証言竝びに被告中山幸二本人尋問の結果中には右主張事実を窺わせるような供述があるけれども右供述部分は後記証拠に照してにわかに措信し難くその他右主張を肯認するに足る証拠はない。のみならず成立に争のない甲第十四号証、証人佐藤虎之丞の証言竝びに原告戸川均本人尋問の結果を綜合すればむしろ原告戸川均は中山可鍛株式会社に電研工業株式会社振出、中山可鍛株式会社裏書の約束手形の割引の方法により融資をなしたが右手形が不渡となつたので中山可鍛株式会社に対しその償還請求権を取得しこれを前記和議債権として届出たものであること、しかして一方電研工業株式会社に対しても右手形の振出人としての責任を追求したところ中山可鍛株式会社に対する和議債権者であつた電研工業株式会社は右手形が中山可鍛株式会社との実質関係上においては右会社が終局の責任を負担すべきものであつたので右会社に対し原告戸川均の右手形金取立を中止させる措置を講じない限り和議債権者として和議に同意しかねる旨を表明したこと、そこで被告中山幸二は和議の成立を図るため個人の資格で原告戸川均に対し電研工業株式会社の右手形金債務を引受けて支払うべき旨を約しこれにつき割賦払の猶予を得てその支払のために本件(甲)、(3) 乃至(13)の手形を振出すとともに右原告をして電研工業株式会社に対しては一応請求しないことを承諾させその旨記載のある念書(甲第十四号証)を差入れさせよつて以て右会社をして前記和議の条件を承認させたものであること(なお本件(乙)、(1) 、(2) の小切手も亦被告中山幸二が当時被告中山徹の名義で銀行取引をなしていたので該名義の当座預金口座から右割賦金の支払をなすため同被告の名義を使用して振出したものであること)、すなわち右手形、(及び小切手)は被告中山幸二主張の趣旨竝びに特約のもとに振出されたものではないことが窺われるのであつて右被告の前記主張は採用することができない。

次に被告中山幸二は本件(甲)、(1) の手形(及び被告中山徹名義の本件(甲)、(2) の手形)は中山可鍛株式会社の原告伊藤利夫に対する前記和議申立に関する報酬金債務の支払を保証する趣旨で振出されたものであるところ右会社に資力がなく強制執行しても債権の満足が得られないことの証明がないから右手形金の請求は不当である旨を主張するけれども仮に右手形振出の趣旨が右被告の主張のとおりであるとしてもおよそ保証人の検索の抗弁権とは保証人が強制執行を受けた際主たる債務者に弁済の資力があり且つ強制執行の容易な場合においてはその事実を自ら証明して先づ主たる債務者の財産に対し執行をなすべきことを請求し得ることをその要件乃至内容とするものであつて保証人に右被告主張のような内容の抗弁権を認むべき法律上の根拠はない。のみならず(被告中山徹名義の手形振出の意味合に関する前示説明との脈絡上手形振出の経緯に立入つて考えると)前記認定のように被告中山幸二が当時被告中山徹の氏名を使用して銀行取引をなしていた事実に証人吉川昇の証言及び被告中山幸二本人尋問の結果(但し後記措信しない部分を除く)を併せ考えれば中山可鍛株式会社は前記和議申立に関する手続を弁護士たる原告伊藤利夫に依頼しその報酬金十五万円の債務を負担したがその支払をなすにつき右原告が右会社振出の手形の受領を拒否したので被告中山幸二はやむなく自己の個人名義で本件(甲)、(1) の手形を振出し交付したものであること(しかして本件(甲)、(2) の手形も亦被告中山幸二が自己の使用する被告中山徹名義の銀行口座から右報酬金の残額を支払うため同被告の名義を使用して振出したものであること)が認められるからむしろ本件(甲)、(1) の手形(及び本件(甲)、(2) の手形)は被告中山幸二が個人の資格で右会社の債務を引受けその支払のために振出したものであると推認するのが相当であり右認定に抵触する被告中山幸二本人の供述部分はにわかに措信し難くその他右認定を覆して右被告の主張を肯認するに足る証拠はない。従つていづれの点からしても右抗弁は理由がない。

それならば被告中山幸二に対し本件(甲)、(3) 乃至(13)の手形金合計五十六万二千三百四十円及びこれに対する本件請求拡張申立書送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三十一年五月五日から完済に至るまで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める原告戸川均の本訴請求竝びに右被告に対し本件(甲)、(1) の手形金支払残十万円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日たること記録上明らかな昭和三十年二月二十五日から完済に至るまで右同割合による法定利息の支払を求める原告伊藤利夫の本訴請求は正当として認容し被告中山徹に対する原告等の本訴各請求は失当として棄却しなければならない。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十二条本文、第九十三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

別表(甲)、別表(乙)〈省略〉

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